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2006年5月

議論中に垣間見る女性の「偽りの剣」について

tomokovは最近、「ああ〜、昔よくあったなあ、こういう雰囲気・・・」という会議に出席、めちゃくちゃ疲れました。

遊んでばかりじゃないんですよ、一応いろいろ仕事もやってるんだもん。


レジュメもしっかりとしているし、無駄なスケジューリングもなし、人数はちょっと多めでしたが無理やりな数でもなし、議題も大して揉まなければならない内容でもなかったんですが・・・・

なぜにこんなに疲れるのか?

なんか、無意味に戦闘的なこの空気。

なんだかな〜。でした。

一昔前(正確にはふた昔)、tomokovが小娘さんだったころ、世の中はバブル真っ只中で、雇用機会均等法なんかもできたばっか、均等とかいってるわりに企業はこぞって「女性だけのプロジェクト」なんかを作りました。

要はなんだか世間にお金があったので、男性たちに負けずと学歴社会を勝ち抜いた女性や、美貌を武器に世の中をわたる女性たちが自分のためにめちゃくちゃお金を使い始めた、男性もそれに釣り合うようなデートを企画しては女性を喜ばそう(あるいはモテようと)必死だったわけです。


・・・いい時代でしたねえ(遠い目)・・あ、いえいえ。


もちろん今もその残党はたくさんいらっしゃいますから、デートをするならtomokovと同世代の男性はお勧めですよ。

なんだか妙に気前が良かったりするのは「条件反射」といっても過言ではないはず。

しかしその「チョイ悪」は本当の「ワル」だったりもするのでお気を付けあそば せ。


話がとびましたね、失礼。

要するに、当時って、女性を意識した企画さえたてておけば儲かったわけだったのですね。
そういえば電通EYE(今は電通東日本社と合併)なんていう会社は、当時電通さんのなかで90%以上女性を起用して会社作ったりしてましたね。

お洋服も、女子大生までもが肩が男のようにイカったスーツ、肩パットなしでセーターも着ないような時代でございました。

そうかと思えばウエストラインはボディコンシャスだったりして、仕事してんだか、遊んでるんだかわかんなーい。

っていうか仕事が終わったらソッコー踊りにいくど!!みたいな感じでしたかしら?

とまあ、実態は別としても、女性も社会の期待にこたえるごとく、力が入っていたわけでした。

眉毛太く!肩幅広く!・・・とまあ、男性と打ち負かす強い女!ってい
うのが時代の主流だったわけです。



そこで大量発生したのが、「偽りの剣」を隠し持つ女たち。

すなわち、本来持っている自分なのかの感情のアニマ(女性性)とアニムス(男
性性)
のなかで、とりわけ成長に努力を必要とするアニムスがバランスを崩してアニマを乗っ取り、


1.理屈の通らない理論を展開

→理屈の通らない理論を展開し、周囲をひどくいらだたせる。嘆くような、責めるような、なじるような調子がある。

・・・・ようするになんか、喧嘩売ってる感じでしょうか。笑

2.会話の一般化、常識化

→一般論、常識論に終始。つまり、借り物の意見。

・・・・ようするに相手の立場とか感情を一切考慮しないでどっかからのうけ売りの正論を振りかざし、がんがんいいたいことを言うってかんじ。



ちなみに逆に、アニマに飲み込まれたた男性がどういうことになるかというと、

1.あらゆる情緒的な関係を「深刻化し、誇張し、神話化する」
→暗い気分に引きずり込まれる、不機嫌になる、過度に敏感になる、引きこもる

さらに、未熟なアニムスは情緒的には少年であり、
女性に対してある種の恐怖心があり、自分を幸福にしてくれないからといって女性に腹を立てる・・・などなど

これまたロクなもんじゃありません。まあこれは会議中には基本的に出会いませんが。

要するに会議などではアニムスの力を主に使うので、アニマはおとなしくしているからね。



話を元に戻しますが、まあとりあえず、バブルもはじけたことだし、みんなそれなりに苦労をして、

何が何でも男に勝つ!うち負かす!みたいな女じゃなくて、ほんとうに強い女性とは?ってことで、ずいぶん私たちも成長したはず。


なので、たまにアニマとアニムスのバランスを崩して偽りの剣を振りかざし、
ばっさばっさと相手を切り倒していくような勢いで意見を言っている女性を見かけると、お懐かしい感覚と共に、逆に周囲の失笑を買っていたりしてお気の毒だと思うのでした。
かといって媚び媚びしたような雰囲気はもっとだめですけどね。

ナチュラルにバランスをとるのって案外難しいですね。


教育分析の文献によれば、

宇宙で星が生まれるときには、カオスからさまざまなものが分化し、統合することを繰り返して出来上がってくそうです。

人間の心理も同様に無意識の混沌(ウロボロス)のなかからさまざまな元型が分化され、それらを自我と再統合することで
「高次の人格」という全体性が生まれるそうです。

つまり、アニマとアニムス、情緒と理論がうまく統合されてこそ、人格の幅が広がるというものだと思うのです。


しかし、疲れた。きっと出席のみなさん一人残らずお疲れなことでしょう。

お疲れさまでございました。



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ハンパでない夜遊びツアーです

仲良しの成婚をお祝いして集いました。

一次会は新宿「キサラ」で大笑い~

二次会は同じく新宿で「カラオケ zone」で歌いまくり~

三次会は長崎ちゃんぽん。食べきれずに残してごめーん。

四次会は二丁目「ひげぬき地蔵」で盛り上がりまくり~

五次会は二丁目の仲通おでんやさんではんぺんと大根&とどめの焼酎。どう考えても朝だわね・・・・しかし二丁目は眠らない。






最後六次会は急にセレブにセンチュリーハイアットでまったり~~~

人間幅がないとね。

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早朝の新宿。いいですね!     しかし体力の限界〜〜!爆










贖罪の意味もありながら人生の課題を語ったりして。(無駄?)

私たちの課題はとりあえず

「酒に飲まれちゃいかんよね・・・・」爆死

おかげさまで声がめちゃハスキーなんですけどーーー。

でもちょっと昨日堪能した美しすぎの二丁目の「ララちゃん」風でいい感じかも。


では。

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建学の精神

4つちがいの兄などは、小学校の時にであった担任の先生がとても素晴らしくて、お陰で引っ込み思案だった兄が、生徒会などで友達のまえに立てるようになった、等ときくけど、
どうも私本人の問題なのか、小さな頃から学校の先生というのはどうも苦手で、どうにも信用のできない人種でした。

でも、オトナになった現在、お二人の、私が思う素晴らしい学校の先生というものにご縁があって出会い、以来、おつき合いさせてもらっています。

彼女は東京の西の方にある私立小学校に30年以上勤務していました。
その学校は、大正デモクラシーの民間教育運動のメッカでした。民間教育運動のリーダー的学校で、公開研究会には全国から1000人以上の教師が参集していたと聞きます。

(1)個性
   個性は人権であり、教育は個性に即して工夫されなければならない(個性尊重)と捉え、すでに「少人数教育」が提唱されていました。
(2)自主自立
   自主自立が確立されてなければ、個性を生かし守ることはできない。
   それを培う教育のひとつとして「協同学習」を行っていました。
(3)自由平等
   他人の自由を尊重してはじめて、自らの自由を獲得できる。

現在ではなく80年も前の主張です。たとえば少人数教育では「30人クラス」と具体的に書かれているそうです。

そして、彼女はその理念の元、教授法や授業研究を重視していました。
しかし授業を重ねていくうちにあることに気付きます。
同じように教えてもよく理解できる子、理解できない子がいることはあたりまえですが、とりわけ不思議なのは大半のことはできるのに、どうしてもできないものがある子がいることです。
彼女は、もう何十年もまえに、子ども達の中にいる、「発達障害」に気付くのです。

先生の文章から抜粋

「ひとりひとりの子どもが見えてくるようにするための道具とはなんでしょうか?それは「連携」による学際的な視点です。教育という狭い枠の中からは子どもの全体が見えてこないことがあります。発達心理学、脳・神経学などの観点は子どもの認知能力による個体差を知る上で大きな知見を与えてくれます。
私はNPOでの活動、校外の研究会、大学、病院や専門機関と連携を計ることで、多くのことを学ばせてもらい、個々の課題を抱える子どもや親の問題解決に、この「連携」が打破する道となりました。

たとえば、医学において「差」はあくまで「差」という事実であって、欠点や恥ずかしいものという価値観は含みません。たとえば胃腸障害に良い胃腸障害・悪い胃腸障害ないのと同じです。「障害」というものに価値を含まないということを知っただけでも大変有意義なことでした。

「差」を見出すことは、個体差に気づくことです。差別につながるものでは決してありません。ひとりひとりの認知能力の差からくる個体差を認識するには、これまでの「一斉授業」は不変的なものと考えずに、新しく授業を捉え直す必要があります。授業の方法は工夫しだいで無限にあり、対象となる子どもによって方法も無限にあります。子どもを中心に据えてみれば、子どもにあった授業の方法は己と見えてきます。」

そして彼女は、普通学級でははみ出し者、しかし養護学校にもはいれない、「軽度発達障害のあるこども」が、
視覚情報が混乱するとどうなるか、聴覚的情報が混乱するとどうなるかなどを学術的に研究し、その子にあった学習方法、サポート方法を実際に施し、

そして、彼等が実は潜在的に素晴らしい才能に恵まれていることまでにも気付き、その才能を開花させることにもご尽力なさいました。

しかし、教育の聖地であるはずのその私立小学校も、少子化、時代の流れ、教師内の派閥、色々なものに阻まれ、経営的にも難しい時代になってしまいました。

そして考え方の相違から、経営を主に考える大きな流れで、先生は学園から暗に排除されていきます。

先生は後に、遠く中国に旅立たれました。
一つの夢を持ってです。

「tomokovさん、わたしね、中国に行くの。北京には障害者が街にいないのよ。どうしてだと思う?あのね、北京ならまだしも田舎の方なんてもっと、『障害者』は、ウチの中に閉じこめられちゃうんです。世間体とか、そういった偏見のために、勉強したくとも学校にいけない障害児がたくさんいるの。だから、助けにいってきます!」

笑顔で私にそういった半年後に、先生は教師を辞め、本当に中国に行ってしまいました。
北京語もできないのに。
失礼ながら、もう体力的に心配な年齢でもあります。

そしてなんと、その先生が発起人の、ある集会のお知らせが届きます。

卒業生や元教員が中心となったその会は、例のその学園を支援するためにみんなで話し合う、そんな趣旨でした。


っていうか、なかば追い出されたような学校に、なぜにそこまでできるんでしょう?
それは、ひとえに、「学園の建学の精神」に惚れ込んでいるからでしょう。

私も微力ながらなにかお手伝いできればと参加してきましたが、
非常に年代も立場もばらばらな人達、でも学園の力にと思う気持ちだけであつまった人たちです。

なかでも印象に残ったのは、6人の子どもを全員通わせた果物やのおかみさんの話。

「お金持ちだから私立じゃないんですよ、ここの教育がいいから通わせたんです。先生、一回入学金納めるのを見たらいい。なけなしのお金をはたいて、『先生、大事な子どもをよろしくお願いしますよ、私ら一生懸命働いて学費払いますから!』そう思ってるんですよ。・・・・中略・・・先代の父がいつも言っているんですけど、『クレームをもらったら、どんな褒め言葉よりありがたいと思え。』『売り上げがないのを雨とか場所とかのせいにするな』・・・私らはね、お客様に『このメロンがまずかった』って言われたら、生産者のせいになんてできないんですよ。だから先生達も、大変でしょうけど、色々言わても誰かのせいにして逃げないで頑張って欲しい・・・」

また、その学校は小中高12年間、ランチはお弁当です。
12年の子どもが卒業のとき、最後の空っぽのお弁当箱を手渡し、
頭を下げて、「おかあさん、12年間ありがとうございました。」と言ったそうです。

そのとき、本当に苦労して子育てして良かったと、親として感無量だったそうです。

・・・・と、そんないい話満載の会でしたのに、

先の先生が会の中心メンバーだからか、やはり派閥による政治的な介入があり、一般に情報が流れないようになったのでした。

残念なのは、そこここに、話し合い、議論のチャンスが転がっているのに、本当に来るべき人が来ない。

そして、気持ちはあるのに、情報はあったのに「危険分子」というレッテルが怖くて来ない。

誤解を解くには目で見て確かめて、そしてそこで議論すればいいのにな、と強く思った次第でした。

最後に。

北京に旅立たれた先生と同じ思いの、もう一人の私の大尊敬の先生、彼女が帰り際に言ったこと。

「tomokovさん、思っていることを言えるのが、この学園の良いところなのです。どうか、来たかったのに来れなかった方に伝えてください。」

彼女も退職をかけて戦っています。

教育のために、身を挺して戦う教師がいまどき日本にどのくらいいるでしょうか。

日本の教育の宝を失ってはいけない、そのために何か力になりたいと強く思います。

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癒しコールと関口さんII収録報告

ここのところ、小難しい問題を対処しなくてはいけないことが多く、

どんよりと一人暗い気持ちになっていたものですが、

今夜友の電話が偶然にかかり、話していくうちに話が整理されて

自分が陥りがちな思考パターンに気づき
「ああ、こういうことか」「勉強になった」
と非常に晴れやかな
気持ちになれました。

我が友も同じく、彼女が解決すべきトラブルを話すうち、
「これってここが学びのポイントだね」と気づく。

気づき。

それは不思議なもので、「気づく」と、もうそのことで
宿題は出されないんですよ、知ってた?

なんども「気づき」のチャンスがあったのにスルーしちゃうと、

なんどもなんども同じような問題にぶちあたらなくてはならないのです。



やはりこの年にもなると、抱えている責任や関係性が膨大になって

しまうし、いつも感性の扉を全開にしてしまうと、要らない情報や、

いらない他人のネガティブで、たちまち心がガラクタだらけになって
しまうんですね。

かといって感性の扉を閉ざした人なんて、なんの魅力もない。

ならば、扉の開閉が自由自在にできるようにならないとね。

そんな話をしていました。すごく心地よいミッドナイトコール。
やはり友は宝です。


 


それから、昨日はお馴染みの関口さんIIの収録日

いつもは午後の重役(?)出勤の、出番がすんだらさっさと夕方かえっていたの
ですが、今日はなぜか出番が多く、

(そのなぞはそのうち明らかに!涙)朝イチからスタジオ入りして、
最終までいました。・・・もちろん製作スタッフの若人はそれから片付け、
地獄の反省会ですね、多分(´・∀・`)


なので、おウチが同じ方向ということで、カリスマ・スタイリストさんの
SiZUCAさんと帰り道ご一緒させていただきました。

Shizuca ←噂のSiZUCAさん
  やっぱりかっこええな〜!






そして、彼女のお仕事に対する情熱、本気、筋の通し方、

お話しているとそんなことが垣間見れて、見習うべきところがいっぱい。

やはり一流の仕事をする人はすごい!!心地よい帰り道でした。

そういえば、今日、ヒカリちゃんがSiZUCAさんにカチューシャをもらってはしゃいでいました。そのハシャギようは水落日加里 オフィシャルブログへ。

Hikari
←ひかりんとツーショット〜!☆-ヽ(*´∀`)八(´∀`*)ノイエーイ







そうそう、昨日は静香ちゃんのお誕生日でした。

みんなに祝福してもらって、静香ちゃん思わず涙ぐんでしまってましたね〜〜!

なんだか、わたくしもらいなきしちゃいました・・・。( ;∀;) イイハナシダナー

 

それから、 あの人が・・・・!!!あの、あの人が!!・・・
ううう、やっぱり書けませんが、うれしいサプライズ!
これも放送をお楽しみに。

はああ、そしてなんだか、どんどんバラエティに使われている
わたくしですが(涙)、

・・・昨日の収録ではあんなことやこんなことまで・・・(号泣)

わたくしの使命はなんといっても
アートセラピーの普及活動

アートセラピーコーナーがなくならないようにこれからも
運動を続けるつもりですので、皆様もご協力よろしくお願いいたしますね!!

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